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最高裁判所第二小法廷 昭和48年(オ)1078号 判決 1975年1月31日

上告人

蔀藤松

右訴訟代理人

鈴木康隆

被上告人

橋ツヤ

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木康隆の上告理由第一点について。

被上告人は、昭和三八年三月上告人に対し農地である本件土地を一時的に賃貸することになり期間を一年とする賃貸借契約を締結してその引渡をし、昭和三九年二月および昭和四〇年二月の二回にわたりいずれも期間を一年として右賃貸借契約を更新し、その間本件土地は上告人において耕作しているが、当初の賃貸借契約およびその後の更新契約のいずれについても農地法所定の許可申請手続がとられず、したがつて、右の許可はされていない。しかるところ、被上告人は、昭和四一年二月ごろ上告人に本件土地の返還を求めた。

右は、原審の認定するところであつて、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし是認することができる。

思うに、農地について賃貸借契約が締結された場合、締結行為自体は法律行為として完結しているが、その目的とした効果を生ずるには農地法所定の許可を必要とするのであつて、その許可は右の契約を完成させるためのいわゆる補充行為としての性質を有するものということができる。もつとも、右のとおり、許可がないかぎり契約の目的とした効果を生じないといつても、許可前の契約自体がなんらの効力をも有しないというものではなく、許可については法律上双方申請主義がとられている関係上、賃貸人は、特別の事情がないかぎり、賃借人に対し当該契約につき許可申請手続に協力すべき契約上の義務を負担するものと解すべきである。しかし、賃貸借契約自体に確定期限が付されている場合において許可申請手続がとられないままその期限が到来したときは、その後に該契約につき許可があつても賃貸借関係を生ずるわけではないから、契約当事者としては許可申請をする目的を失うに至るのであつて、賃貸人が賃借人に対して負担していた右協力義務は消滅するものと解するのが相当である。

原審認定の前記事実によれば、本件賃貸借契約には確定期限が付されていたところ、すでにその期限が到来したというのであるから、もはや、被上告人は上告人に対し前記契約の許可申請についての協力義務を負担しないものというべきである。これと同旨と解される原審判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について。

所論の点に関する原審判断は、その適法に確定した事実関係に照らし正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎 吉田豊)

上告代理人鈴木康隆の上告理由

第一点 法令違背

一、原判決ならびに第一審判決は、農地法第三条第一項の解釈を誤つた違法が存在し、その違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

すなわち、原判決は上告人および被上告人は本件農地の賃貸借については、右条項によるところの農業委員会への許可手続について知らなかつた。そのような場合は、農地法第三条第四項によつて農地の賃貸借の効力は生じない、というのである。

二、しかしながら、右原判決はつぎの点において誤つている。

(一) そもそも農地法第三条制定の趣旨は、戦後、農地改革が行われ、自作農創設のための努力が重ねられて来た。その中にあつて、農地の移動を自由な取引にまかせておくならば、未だ、経済的基礎の十分でない自作農が、再び農地を失つて、農地改革前のような状態にもどる危険なしとしない。従つて、不耕作地主による土地兼併を招来したり、所有権や耕作権を細分することによつて、経営の零細化を促したり、転貸等により権利関係を複雑化し、中間地主の発生を許すことによつて耕作農民の地位を弱めたり、およそ、自作農創設維持という大方針に逆行しせつかく築き上げられた農地改革の成果を無にする結果になるような農地の権利の設定、移転は厳重に抑えるという点に存するのである。いいかえれば、右農地法はあくまでも耕作農民の保護という観点に立つているのである。

(二) そして、本件についてこれをみると、上告人は被上告人よりこれを賃借し(その時期が仮りに原判決のいうように昭和三八年であつたとしても、賃料の定めがあり、かつその支払をしていた以上、賃貸借契約であることにはかわらない)、稲作などをして耕作を続けて来たものである。

借地の賃貸借であれば、借地法によつて借地人は保護されている(借地法第二条以下)。農地の賃借人も前記のとおり、農地法によつて、右借地法以上に厚く保護されているのである。

ところが農地にあつては、地主が前記の農業委員会への許可申請をしないで放置しておいたときにも、該賃貸借は無効として、借地人は全くの無権利者となるとするならば、許可申請手続がもつぱら地主の行為にかからしめられているだけに、農地の借地人の地位を著しく不安定にするものである。このような解釈は、前述の農地の借地人を保護するための農地法第三条の精神に真向うから反するものである。けだし、右条項の趣旨はまさしく地主の意思によつて、いつでも小作地の取上げを防ぐこと、そのような地主の恣意的行動を禁ずることにあるのである。

(三) 原判決の前記判断は、右に明らかなように農地法の右条項に違反すると共に、さらに最高裁判所のつぎの判例にも反するものである。

すなわち、最高裁判所昭和三五年一〇月一一日判決(民集一四―一二―二四六五頁)は、「農地の賃貸人は別段の事情のない限り、その賃貸借契約上、当然に賃借人のため、農業委員会に対する賃借権設定許可申請手続に協力する義務があるものと解すべきである」と判示している。

さらに右の判例は、農地の売買においても同様に判断されている。すなわち、最高裁判所昭和四一年二月二四日判決においても認められ、さらに同昭和四三年四月四日判決(判例時報五二一―四七頁)は、「農地の売買は知事の許可がない限り、所有権移転の効力を生じないけれども、該契約は何らの効力をも有しないものではなく、特段の事情のない限り、売主は知事に対し、所定の許可申請手続をなすべき義務を負担し、もしその許可があつた時は、買主のため所有権移転登記手続をなすべき義務を負担するに至るものと解するのが、相当である」と判示しているのである。

そしてこれを本件についてみると、右各判例のいうような「特段の事情」は存在せず、従つて、被上告人は本件農地について許可申請手続をなすべき義務を負うものである。そうした手続をなすべきことを知らなかつたということは、許可申請手続の義務を免除する「特段の事情」には該当しない。

本件について、短い期間貸すという合意が成立していたというのであるが、しかし本件の全証拠をみても、そのような事実を裏付けるものは何ら存在しない。甲第一号証ないし第四号証の書証は、上告人の証言とあわせ考えれば、とうてい「特段の事情」の存在――短期間の貸借――を裏付けるものではない。さらに仮りに、短期間の賃貸借の場合、許可申請手続をしなくてもよいという規定は、農地法には何ら存在しない。

第二点 信義則違反<略>

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